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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)272号 判決 1994年7月19日

東京都港区赤坂3丁目3番5号

原告

富士ゼロックス株式会社

同代表者代表取締役

宮原明

同訴訟代理人弁理士

石井康夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

奥村寿一

関口博

臼田保伸

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和63年審判第22094号事件について平成3年9月19日にした補正の却下決定は取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年12月4日、名称を「カット紙ファクシミリ」とする発明(以下「本願発明」という。)についての特許出願(昭和56年特許願第194440号)(以下「本願」という。)をなしたところ、同63年11月22日、拒絶査定を受けたので、同年12月22日、審判の請求をし(昭和63年審判第22094号事件)、平成3年5月7日の拒絶理由通知に対して、同年7月19日付け手続補正書により、補正をなした(以下「本件補正」という。)が、特許庁は、同年9月19日、本件補正を却下する旨の決定をし、その謄本は、同年10月28日、原告に送達された。

2  願書に最初に添付した明細書の特許請求の範囲の記載

1.2以上のサイズに裁断された記録紙をサイズ別に供給する複数のカット紙供給装置と、記録画のサイズを判別する判別手段と、前記判別手段の判別結果に応じて所望のカット紙供給装置を選択するカット紙供給装置選択手段とを具備し、所望のサイズに裁断された記録紙に画情報の記録を行うことを特徴とするカット紙ファクシミリ。

2.カット紙供給装置選択手段が、判別手段の判別した記録画の2倍のサイズの記録紙を収容したカット紙供給装置を選択し、連続した2枚分の記録画を1枚の記録紙に記録させることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載のカット紙ファクシミリ。

3  平成3年7月19日付け手続補正書添付明細書(甲第3号証、以下「補正明細書」という。)の特許請求の範囲の記載

互いに異なるサイズのカット紙をそれぞれ収容し供給する複数のカット紙供給手段と、

この複数のカット紙供給手段から供給されたカット紙に記録を行う記録手段と、

受信した記録画のサイズを検出する検出手段と、

この検出手段により検出された前記受信しだ記録画のサイズと前記複数のカット紙供給手段に収容されたカット紙のサイズとをそれぞれ比較する比較手段と、

この比較手段による比較の結果から前記受信した記録画のサイズに等しいサイズのカット紙が存在すればそのカット紙を前記複数のカット紙供給手段から選択的に供給させる第1の供給選択手段と、

前記比較手段による比較の結果から前記受信した記録画のサイズに等しいサイズのカット紙が存在せずかつ前記受信した記録画のサイズの2倍のサイズのカット紙が存在するときには前記2倍のサイズのカット紙を前記複数のカット紙供給手段から選択的に供給させる第2の供給選択手段と、

前記複数のカット紙供給手段から前記2倍のサイズのカット紙が供給されたとき前記記録手段にこの供給されたカット紙の前半部分にのみ前記受信した記録画の記録を行うように制御する記録制御手段

とを具備することを特徴とするカット紙ファクシミリ。

4  決定の理由

(1)  本件補正は、特許請求の範囲に記載された「記録画のサイズを検出する検出手段」を「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」とする補正を含み、また、それに合わせて発明の詳細な説明の欄の記載を補正している。

(2)  ところが、願書に最初に添付した明細書及び図面(甲第2号証、以下「当初明細書」という。)には送信機が検知した送信原稿のサイズ情報を受信機に伝達し、受信機が送信原稿のサイズを認識する旨の記載はあるが、

(3)  「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」については記載がなく、また、この点は、その記載からみて自明であるとも認められない。

(4)  したがって、上記手続補正は、当初明細書に記載された事項の範囲内でなされたものではなく明細書の要旨を変更するものであり、特許法159条の規定により準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。

5  決定を取り消すべき事由

(1)  審決の理由のうち、(1)及び(2)は認め、(3)及び(4)は争う。

(2)  当初明細書(甲第2号証)に「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」の記載がないとした審決の認定判断は誤りであるから、本件補正が明細書の要旨を変更するものであるとした審決は違法であり、取り消されるべきである。すなわち、

<1> 補正明細書(甲第3号証)には、記録画のサイズを得る方法について、送信機がまず送信原稿のサイズを検知し(同明細書7頁1行ないし8頁末行)、検知されたサイズは受信機へ伝達されるか(同9頁1行ないし3行)、または、送信側の扱者がスイッチ等の操作で指示し、受信側にこれを知らせることによること(同11頁10行ないし14行)が記載されており、受信側においてプロトコル時に受信機に送られたサイズ情報を認識するためには、送信側から送られた信号を受信して、サイズ情報の内容を認識すること、すなわち、サイズ情報を検出することが必要である。したがって、補正明細書におけるサイズに関する記載は、受信した信号の中からサイズに関する信号を検出するものであり、この検出手段を補正明細書の特許請求の範囲において、「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」と記載したものであることは、同明細書の発明の詳細な説明からみても明らかなところである。

ちなみに、ファクシミリ装置における通信手順のプロトコル時に、原稿送信側から送信される信号は電気信号であるから、これを原稿受信側で認識する場合、つまり信号を受信してその内容を認識する場合に「検出」という用語が用いられることは極く普通の用法である。甲第4号証(本願の審査における拒絶理由通知書において本願発明と同一の発明が記載されていると認定されて引用された公開特許公報)には、送信側から指定されたサイズ情報を受信側で認識する技術の記載において、「送信側からB4サイズの原稿が伝送されて来た場合には、受信画・記録紙サイズ選択回路9が、送信側によってB4サイズの記録紙が指定されていることを検出する。」(2頁右上欄14行ないし18行)と記載されているように、電気信号を認識することを「検出する。」と記載しており、この点は甲第5、第6号証においても同様である。

<2> ところで、当初明細書の特許請求の範囲における「カット紙ファクシミリ」は原稿受信側におけるカット紙ファクシミリ装置を意味するものである。

また、当初明細書における第2図の実施例及び「また実施例ではファクシミリ送信機側で送信原稿のサイズをセンサにより判別させたが、送信原稿あるいは記録画のサイズを送信側の扱者がスイッチ等の操作で指示し、受信側にこれを知らせても良いことはもちろんである。」(9頁15行ないし19行)との記載からすると、送信側から送られたサイズ情報により記録画のサイズを受信側において認識することが記載されている(この点は被告も認めるところである。)。

そして、当初明細書の特許請求の範囲には、受信機が送信原稿のサイズを認識する構成については、「記録画のサイズを判別する判別手段」と記載されているところ、同特許請求の範囲における「記録画のサイズ」は原稿送信側から送られるものであり、原稿受信側は「記録画のサイズ」を受信するのであるから、原稿受信側における「記録画のサイズ」は「受信した記録画のサイズ」と同義であり、「記録画のサイズを判別する判別手段」は「受信した記録画のサイズを判別する判別手段」すなわち、補正明細書の特許請求の範囲記載の「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」と同義というべきである。このことは、当初明細書における第2図の実施例及び4頁15行ないし6頁17行及び9頁15行ないし19行の記載がそのまま補正明細書にも記載されている(7頁1行ないし9頁3行及び11頁10行ないし14行)ことからも明らかである。(なお、当初明細書の特許請求の範囲記載の「判別」の用語は、同発明の詳細な説明の項で用いられている「判別」なる用語とは異なり、同項で用いられている「認識」と同義である。)

以上のとおり、当初明細書と補正明細書双方における実施例の記載を含め、受信した記録画のサイズを認識する構成についての実質的な変更がないことは明らかであるにもかかわらず、審決は実質的に技術内容に変更があったか否かを判断することなく、単に用語が変更されたことをもって、明細書の要旨を変更したものというものであり、失当である。

<3> したがって、「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」が、当初明細書に記載された事項の範囲内であることは明らかであり、これを当初明細書に記載された事項の範囲内でないとした補正の却下の決定は、判断を誤ったもので違法である。

第3  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1ないし4は認め、同5の主張は争う。決定の認定及び判断は正当であり、取り消すべき違法はない。

2(1)  「検出」という言葉は、補正明細書でも当初明細書でも定義されていないから、通常使用する意味に理解すると、「検査して見つけ出すこと」(広辞苑)であり、さらに「検査」の定義は「(基準にてらして)しらべあらためること」(同)であるところ、本願発明において、受信側では送信側から送られた信号の中からサイズ情報を取り出すのは事実であるが、プロトコル時にファクシミリ受信機に送られた信号からサイズ情報を取り出すということは、サイズ情報が送られてくるタイミング又は位置が予め定められているから取り出すことが可能なのであって、サイズ情報又はサイズに関する信号が他の情報又は信号と異なる特別な特徴を有していて、その特徴を利用してある基準に照らして他の情報又は信号と区別して見つけ出すという、上記のような通常使用されている「検出」とはその意味するところが異なるから、サイズ情報を検出することとサイズ情報を取り出すことを同一視する原告の主張には無理がある。

したがって、補正明細書の特許請求の範囲記載の「記録画のサイズを検出する検出手段」とは、本願発明を例にとれば、ファクシミリの原稿サイズ検知機構のように、複数のセンサにより原稿の大きさに対応する出力信号を取り出し、その信号により送信原稿の大きさを論理表に定められた基準に照らして判別するようなものをいうのであり、単にサイズに関する情報信号を翻訳又は解読して、サイズに関する情報内容を取り出す手段をサイズ検出手段とすることは誤りである。

もっとも、甲第4号証において、「検出」という用語が上記の意味と電気信号の認識という意味の二通りに用いられているが、たまたま同号証で電気信号の認識という意味で用いられているからといって、直ちに、通常かかる意味に用いられているとはいえない。また、同号証では、送信側によってどのような記録紙が指定されたかを検出するといっているのであり、受信した記録画のサイズを「検出」するとはいっていない。次に、甲第5、第6号証において、「検出」という用語が用いられているが、その用語は、ファクシミリ伝送における各フェーズの終了を示す特殊な信号が受信されたか否かを識別するというような意味に使用されており、送信原稿のサイズの種類を認識するというような意味に用いられているわけではない。

(2)  当初明細書における受信側における記録画のサイズの認識に少しでも関連する可能性のある記載をすべて列挙すると以下のとおりとなる。

<1> 「記録画のサイズを判別する判別手段」(特許請求の範囲、1頁6行ないし7行)

<2> 「このようにして検知された送信原稿のサイズ情報は、プロトコル時にファクシミリ受信機へ伝達される。ファクシミリ受信機は、送信原稿がA4サイズあるいはA5サイズであることを認識したときには、フィードローラ9を駆動させ、第1のカット紙供給装置7からA4サイズの記録紙の送出を行わせる。また送信原稿がB4サイズあるいはB5サイズであることを認識したときには、フィードローラ10を駆動させ、第2のカット紙供給装置8からB4サイズの記録紙の送出を行わせる。」(発明の詳細な説明、6頁15行ないし7頁6行)

上記記載によれば、記録画のサイズの認識に関して明確に手段と記載されているのは、<1>の「記録画のサイズを判別する判別手段」のみであり、<2>の記載からは、受信側に記録画のサイズを認識する手段が存在するということが予測できるにすぎず、具体的な認識手段の記載はなく、また、送信原稿のサイズを認識する構成が記録画のサイズを判別する判別手段に相当するという記載もない。

ところで、当初明細書において、「サイズを判別する」という用語が用いられているのは、特許請求の範囲の他、発明の詳細な説明の項において、「このファクシミリ受信機に画信号の送出を行うファクシミリ送信機には、送信原稿のサイズを判別するための原稿サイズ検知機構が備えられている。」(4頁15行ないし18行)、「原稿サイズ検知機構内の図示しない論理回路は、次に示す論理表に従って、送信原稿のサイズを判別する。…このようにして検知された送信原稿のサイズ情報は、…ファクシミリ受信機へ伝達される。ファクシミリ受信機は、送信原稿が…であることを認識したときには、…記録紙の送出を行わせる。」(5頁19行ないし7頁6行)、「また実施例ではファクシミリ送信機側で送信原稿のサイズをセンサにより判別させたが、送信原稿あるいは記録画のサイズを送信側の扱者が…、受信側にこれを知らせても良いことはもちろんである。」(9頁15行ないし19行)の各記載の部分のみであって、他の部分には存在しないから、当初明細書の特許請求の範囲記載の「記録画のサイズを判別する判別手段」は、送信側の原稿サイズ検知機構内に存在すると解するのが相当であり、これらの記載は、いずれも、送信側における原稿サイズの検知機構に関するものであり、受信側における記録画のサイズを検出する検出手段とは無関係のものである。

このように、当初明細書の記載によれば、記録画のサイズを判別する判別手段は、送信側に備えられていることが明らかであり、また受信側では、送信側の判別手段の判別結果に応じて送信されてくるサイズ情報を認識して所望のカット紙供給装置を選択しているにすぎないから、「記録画のサイズを判別する判別手段」で用いられている判別の意義が「送信原稿がA4サイズかA5サイズであることを認識」と用いられている認識と同義であるとする原告の主張は誤りである。

以上のとおり、当初明細書と補正明細書とにおける発明の詳細な説明及び図面の記載には実質的な変更がなくても、特許請求の範囲の記載の補正によって、当初明細書記載の発明に実質的な変更を生じるに至ったものである。

(3)  したがって、「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」が当初明細書に記載がなく、また、同明細書の記載からみて自明ではない。

よって、本件決定の判断は正当であり、原告主張の違法はない。

第4  証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立についてはすべて当事者間に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(当初明細書の特許請求の範囲の記載)3(補正明細書の特許請求の範囲の記載)及び4(決定の理由)は、当事者間に争いはない。

2  原告主張の決定の取消事由について検討する。

(1)  当初明細書の特許請求の範囲の記載は、前記のとおりであるところ、甲第2号証(当初明細書)によれば、以下の事実が認められる。

<1>  本願発明は、カット紙に記録を行なう「カット紙ファクシミリ」に関し、現在採用されている円筒走査で記録を行なう記録方式において、カット紙を使用するものは、「記録される画像(以下記録画という。)のサイズにかかわらず、装置にセットされたただ一種類の用紙サイズで記録が行われるという不都合がある」(当初明細書2頁7行ないし10行)ところから、「本発明では、複数の系統のカット紙を受信側に用意させておき、記録画のサイズに応じてこれを選択使用させることとして、前記した目的を達成」しようとしたものであること。

<2>  記録画のサイズの判別に関しては、特許請求の範囲の記載に「記録画のサイズを判別する判別手段」(当初明細書1頁6行ないし7行)を具備する旨規定されていること。

<3>  発明の詳細な説明の項における実施例の説明として、「このファクシミリ受信機に画信号の送出を行うファクシミリ送信機には、送信原稿のサイズを判別するための原稿サイズ検知機構が備えられている。」(以下「説明a」という。当初明細書4頁15行ないし18行)、「原稿サイズ検知機構内の図示しない論理回路は、次に示す論理表に従って、送信原稿のサイズを判別する。…このようにして検知された送信原稿のサイズ情報は、プロトコル時にファクシミリ受信機へ伝達される。ファクシミリ受信機は、送信原稿がA4サイズあるいはA5サイズであることを認識したときには、フィードローラー9を駆動させ、第1のカット紙供給装置7からA4サイズの記録紙の送出を行わせる。また送信原稿がB4サイズあるいはB5サイズであることを認識したときには、フィードローラー10を駆動させ、第2のカット紙供給装置8からB4サイズの記録紙の送出を行わせる。」(以下「説明b」という。当初明細書5頁19行ないし7頁6行)、「送信原稿がA4サイズあるいはB4サイズであり、等倍の記録が行われる場合には、記録画のサイズもA4サイズあるいはB4サイズとなる。」、(以下「説明c」という。当初明細書7頁15行ないし17行)、「B5サイズの記録画をB4サイズのカット紙に記録するようにすれば、2種類のサイズの記録画を1種類のカット紙に記録することができ、」(以下「説明d」という。当初明細書9頁7行ないし10行)、「また実施例ではファクシミリ送信機側で送信原稿のサイズをセンサにより判別させたが、送信原稿あるいは記録画のサイズを送信側の扱者がスイッチ等の操作で指示し、受信側にこれを知らせても良いことはもちろんである。」(以下「説明e」という。当初明細書9頁15行ないし19行)との記載があること、並びに、当初明細書の第1図にはファクシミリ受信機の概略構成図、第2図に画信号の送出を行うファクシミリ送信機の原稿サイズ検知機構におけるセンサの配置関係を示す配置図が記載されていること。

(2)  他方、原告は、昭和56年12月4日、名称を「カット紙ファクシミリ」とする本願発明を出願したが、昭和63年1月22日、拒絶査定をうけたため、平成3年5月7日付けの拒絶理由通知に対し、同年7月19日付けの本件補正をなしたことは、前記のとおりであるところ、前記当初明細書の特許請求の範囲の記載及び甲第3号証(補正明細書)によれば、本件補正(明細書全文が補正された。)により、当初明細書の特許請求の範囲に記載されていない「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」なる構成が補正明細書の特許請求の範囲(4頁9行)及び発明の詳細な説明の項(4頁3行ないし4行)に記載されたが、当初明細書の発明の詳細な説明の項の前記説明a(7頁1行ないし4行)、説明b(8頁5行ないし9頁11行、ただし、補正明細書においてはフィードローラーがフィールドローラーに訂正されている。)、説明c(9頁20行ないし10頁2行)、説明e(11頁10行ないし14行)並びに添付図面は、補正明細書の発明の詳細な説明の項においても、当初明細書の記載のまま維持されたことが認められる。

(3)  原告は、まず、当初明細書の特許請求の範囲における

「カット紙ファクシミリ」は原稿受信側におけるカット紙ファクシミリ装置を意味するものであり、原稿受信側における「記録画のサイズ」は「受信した記録画のサイズ」と同義であり、「記録画のサイズを判別する判別手段」とは「受信した記録画のサイズを判別する判別手段」と同義であり、ファクシミリ装置における通信手順のプロトコル時に、原稿送信側から送信された信号を原稿受信側で判別(認識)する場合、つまり信号を受信してその内容を認識する場合に「検出」という用語が用いられることが通例であるから、補正明細書の特許請求の範囲における「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」と当初明細書の特許請求の範囲における「記録画のサイズを判別する判別手段」との間に格別の意義の違いはないと主張する。

ファクシミリ装置は、動作として、受信側と送信側とが一対となるとともに、装置としても、受信装置と送信装置とが一対になっているものであるところ、前記当初明細書の発明の名称及び特許請求の範囲では「カット紙ファクシミリめ受信装置」とは記載されず、「カット紙ファクシミリ」とのみ記載されているのみならず、「カット紙ファクシミリ」が受信装置のみに限定されるとする記載はなく、また、同明細書の特許請求の範囲記載の「記録面」が「受信した記録画」であるか否か、「記録画のサイズを判別する判別手段」が受信装置に備えられているか、送信装置に備えられているかは、同特許請求の範囲の記載からは一義的に把握することはできない。

そこで、発明の詳細な説明及び添付図面の記載を参酌するに、前記当初明細書の発明の詳細な説明の項には、ファクシミリ受信機及びファクシミリ送信機の双方についての記載があることが認められるから、「カット紙ファクシミリ」が原稿受信側におけるカット紙ファクシミリ装置に限定されているとは解することはできない。次に、前記当初明細書の発明の詳細な説明の項の記載によれば、「記録画」について、「記録される画像」と定義されている(当初明細書2頁7行ないし8行)ことが認められるが、かかる用語の定義のみからは、特許請求の範囲記載の「記録画」が「受信された記録画」を意味するとは解されず、前記当初明細書の発明の詳細な説明の項の記載中の「記録画」に関する記載(前記説明aないし同e)をあわせ考えても、「記録画のサイズを判別する判別手段」が受信装置側に備えられているとは解されず、前記当初明細書の記載に徴すれば、発明の詳細な説明の項において、「判別」なる用語はファクシミリ送信機側についてのみ用いられていると認められる。そうすると、当初明細書の特許請求の範囲記載の「記録画のサイズを判別する判別手段」は、送信装置に備えられているものと認められる。もっとも、原告は特許請求の範囲記載の「判別」の用語は、発明の詳細な説明の項における「判別」なる用語とは異なる趣旨で記載されている旨主張するが、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載において、字句は統一して使用されなければならないとされている(特許法施行規則((様式29))13イ)のであるから、異なる意味に用いられていることが明白でない限り、同じ用語は共通の意味で用いられていると解すべきである。

よって、この点に関する原告の主張は理由がない。

(4)  原告は、次に、当初明細書における記録画のサイズ情報の認識は、「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」によって行なわれているものであることは明らかであるから、「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」は当初明細書に記載されていたと主張する。

前記当初明細書の記載によれば、当初明細書には、受信側のサイズ情報の認識の手段に係わるものについては明示の記載はない。しかしながら、前記当初明細書の発明の詳細な説明の項の記載によれば、ファクシミリ送信機の原稿サイズ検知機構で検知された送信原稿あるいは記録画のサイズをファクシミリ受信機に伝達し、ファクシミリ受信機において、受信した送信原稿あるいは記録画のサイズを認識して、フィードローラー9とA4サイズの記録紙の供給装置である第1のカット紙供給装置7、フィードローラー10とB4サイズの記録紙の供給装置である第2のカット紙供給装置8がそれぞれ対応して、認識したサイズにあったサイズの記録紙の送出を行なうことが記載されていることが認められるから、当初明細書には、受信機側に受信した送信原稿あるいは記録画のサイズを認識する認識手段が備えられていることは、当業者にとって自明のことと認められる(なお、この結論部分は、当事者間に争いがない。)。

ところで、補正明細書の記載に徴すると、補正明細書においても、「検出」の用語についての定義はされていない。一般の用法では、検出とは「検査して見つけ出すこと」(広辞苑第4版829頁)と定義され、認識とは、「知識とほぼ同じ意味。知識が主として知りえた成果を指すのに対して、認識は知る作用及び成果の両者を指すことが多い。物事を見定め、その意味を理解すること」(広辞苑第4版1973頁)と定義され、両者は、明らかに同義ではないと認められる。しかしながら、原告は、本願発明の属する技術分野であるファクシミリ装置の分野で、ファクシミリ装置における通信手順のプロトコル時に、原稿送信側から送信された信号を原稿受信側で認識する場合、つまり信号を受信してその内容を認識する場合に「検出」という用語が用いられることが通例であると主張するので、検討する。

甲第4号証(特開昭58-50856号公報)には、「前記各記録紙収容部に前記記録紙が存在するか否かを検出する記録紙検出手段と、送信側によって指定された記録紙のサイズを検出するとともに、この指定されたサイズの記録紙が対応する前記記録紙収容部に存在することを前記記録紙検出手段が検出している場合には、…、かつ前記指定されたサイズの記録紙が対応する前記記録紙収容部に存在しないことを前記記録紙検出手段が検出している場合には」(1頁左下欄8行ないし19行)、「これらのカセット1、2に記録紙が存在しているか否かを検出する記録紙検出センサ」(2頁右上欄9行ないし10行)、「受信画・記録紙サイズ選択回路9が、送信側によってB4サイズの記録紙が指定されていることを検出する。」(2頁右上欄15行ないし18行)、「受信画・記録紙サイズ選択回路9がこれを検出した場合に」(2頁右下欄2行ないし3行)、「これを受信画・記録紙サイズ選択回路9を検出した場合に」(3頁左上欄3行ないし4行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、「検出」なる用語の用法として、「指定された記録紙のサイズを検出」する場合と「送信側によって指定された記録紙が存在するか否かを検出」する場合との二種類の用法が記載されていることが認められるが、原稿送信側から送信された信号を原稿受信側で認識する場合において、「検出」が「認識」と全く同義に用いられているか明確ではない(なお、甲第4号証の公報の公開日は本願出願日である昭和56年12月4日より後であるが、同公報記載の発明の出願日は、本願出願前の昭和56年9月21日であり、同公報における用語の用法は、本願出願前の、ファクシミリ装置の技術分野での用語の用法を示すものとして判断の対象となる。)。

甲第5号証(電気通信 施設 昭和54年10月15日発行)には、「受信機は…CFR(…)信号を送出し、送信機はこれを検出すると画信号の送出を開始する(フェーズCへ移行)。…送信機はEOM(…)信号を送出してフェーズDへ移行する。受信機はEOM信号を検出すると…MCF(…)信号を送出する。送信機はMCF信号を検出すると、…EOP(…)信号を送出しフェーズE(…)へ移行する。、…MCF信号検出後フェーズBへもどり、…EOP信号を検出すればフェーズEへ移行するが、EOP信号が検出されない場合はフェーズBへもどり」(112頁本文右欄17行ないし113頁本文左欄5行)と記載され、第3図(113頁)中に上記記載に対応したフローダイアグラムが記載され、同第6号証(ファクシミリの基礎と応用 社団法人電気通信学会 昭和52年8月25日発行)の(折込1)の図7.22にも同様のフローダイアグラムが記載されていると認められる。上記記載によれば、「検出」の用語は、通信制御手順のフローダイアグラムに、おける各フェーズの終了を示す特殊な信号が受信されたか否かを識別するというような意味に使用されていると認められるが、当初明細書における「認識」の用語と全く同義に用いられているかは、上記記載からは明確ではない。

そうすると、上記甲号証のみからは、ファクシミリ装置の技術分野で「検出」の用語が当初明細書及び楠正明細書における「認識」の用語と全く同義に用いられていると認めるには、十分でなく、他にファクシミリ装置の技術分野で「検出」の用語が当初明細書及び補正明細書における「認識」の用語と同義に用いられているとは認めることのできる証拠はない。

そうすると、補正明細書においても、前記のとおり、当初明細書の実施例に関する説明aないしc、同eならびに添付図面がそのまま維持されているにもかかわらず、その特許請求の範囲に補正追加された「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」には、補正明細書に「検出」なる用語の定義がなされていない以上、単なるサイズ情報の認識を超えた当初明細書にいう「検知」あるいは「検知機構」を受信機側に設けることが含まれるものといわざるを得ない。

したがって、「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」は「受信した送信原稿あるいは記録画に関するサイズ情報を認識する認識手段」と同義であると認めることはできないから、当初明細書に受信機側の「認識手段」の記載があるからといって、受信機側における「検出手段」もまた記載されているとみることはできないし、上記「認識手段」の記載からみて自明のことでもないから、原告のこの点についての主張は理由がない。

以上のとおり、当初明細書には、「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」についての記載がなく、「受信した記録画のサイズを検出する検出手段」が、同明細書の記載から自明であるとも認められないから、本件補正は明細書の要旨を変更するものであり、特許法159条の規定により準用する同法53条1項の規定により却下すべきものであるとした審決の判断は正当であって、原告主張の取消事由は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

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